夏の終わりに
 各地で運動会が始まり、十五夜さんも近い。夏の終わりと言っても季語では秋になる。
 それでもこの夏は、週末ごとに川に出かけたせいか、体の中には夏がくすぶっている。私個人としても、若かりしころの熱い炎がくすぶっているのかもしれない。とっくにオジさんと言われるようになってしまってもだ。
 鬼の小松もきっとそうなんだ。
 そんな訳で、鬼の小松が漕ぐ。
 私に、まだまだ鍛えれば鍛えられますよ。と、言っていた。彼を見てると確かにそうかもしれんわい。と、思うが、私には若さという追加の燃料が足りない。ビールは燃料にはならんらしい。では、焼酎では? 議論の余地なし。

庄内川 記録会
 この夏は大野川に3回出かけた。

 今年は国体ブロック予選会の担当県であるからして、2競技男女4人を出さねばならぬ。と、ミスターカヌーの山下が、春まだ浅いころの理事会で宣言したのである。そのころ、スラとワイルドの男子の選手はいた。しかし、女子がいなかった。と、そこで山下がまた言う。みやこんじょから可児さんを出してくんない。私は、ウ〜ンと唸るしかなかった。
 彼女は平成5年の四国であった大会に出てる。しかし、当時は二人の姉さんが家に居た。そして、今はもう二人とも嫁に行ってしまった。よって、彼女が家業の中心的な仕事をしている。要するに忙しいのである。そんな彼女に、週末毎に川に行き、平日も閑を作って近場で練習しなさい、とは言いにくい。
 しかし、心を鬼にして事の子細を話したら、いいよ。と、一言だった。
 では、ワイルドの女子はどうしたか。これも山下が情報を持ってた。高校時代から船を漕いでたが、大学生になってからカヌーから遠ざかってるという女の子がいた。
 ここでまた山下が私に言う。彼女をなんとか引っぱり出してメンドウ見てやってくんない。
 私は彼女と旧知でもあり彼女の実家は同じ町内である。どうにか連絡をとると、彼女は漕ぎたいと言うではないか。それでは早速乗るべぇと雨の降りしきる3月の高岡に出かけてきた。
 ふっぢゃんがゆう子の船で沈脱したら岩に引っかかってしまった。コクピットが上流側を向いてるので水がどんどん入る。見てる間にミシミシメリメリとそねってきた。日高が泳いでいってどうにか割れずに済んだが、もう、涙が出そうだった。
 ここ数年、ゆう子とこの船を私の車に乗っけて、あっちこっちの川を転戦したのである。

 愛着がやはりある。そして日高はいいやつである。

 山下と私が並んで立ってる。山下はカヌー協会の重鎮でも、私はカヌー協会の重荷にしか過ぎないのかもしれない。マァ、それでもいいか。
 それにつけても、二人とも風采が上がらない格好をしている。カラーフィルムで撮ってもモノクロにしか写らない無彩色という色でありますな。しかも二人とも顔だけは真っ黒。私は元々は色が白いのであるということを山下は信じようともしない。意固地なやつ。

 この夏、二人ともほとんど同じような格好をして川に出かけていた。私の場合は理由がある。夏の始めにインターネットのTシャツ屋さんで同じ白のTシャツを5枚買った。ズボンも近くのスーパーの特売で1本500円也を2本買った。よって毎回同じものを着てるように見える。
 山下は、あいつはもともと無彩色のものしか持ってない。
 豊の国大会の一コマ。美子ちゃん会心の積極的方向転換ブレーキ漕ぎと相成った。苦肉の策というやつではあるけれども、それはそれ。この時はきちんと漕ぎきった。今までも大きな大会に出たことはあるらしいけど、最後まで漕いだことがないらしい。エスキモーロールも完璧にできるのに、である。
 ではなぜ、今回は漕ぎきったかである。一つは山下の指導、的確な技術の伝授。これにつきる。でももう一つ。やっぱ仲間たちの愛情でしょう。女の子に愛情をあふれるほどそそいでも無駄にこぼれてしまうことはない。彼女たちはそれを全部受け止められる。
 だって、基本的に女の子はケチだもん。
 大野川でのブロック大会では私が監督だった。山下がブロック開催県の役員として忙しかったからである。
 結果として、渕田は実家の不幸があるからとブロック大会そのものに出場しなかった。出場しなくても国体参加枠はあったに関わらず、選手ではないオッさんたちの論理にかき混ぜられたかどうかは知らないけれど、国体参加権がとれなかった。ゆう子は、僅差であったとしても不本意な成績に終わった。日高も満足のいく成績ではなかったものの出場枠は確保できた。美子ちゃんも出場枠そのものは確保したものの沈脱で成績は残っていない。結果として、ワイルドの日高、美子の二人が国体まで漕ぐこととなった。
 敗軍の将兵を語らず
 調子に乗って監督なんか引き受けるんじゃなかった。辛かった。

 私個人としては、ここで今国体のしがらみから抜けても良かった。都城クラブとしてはゆう子が出場しなければ、しがらみはないのである。美子ちゃんは大学生であるから若いメンバーとのつながりがある。渕田が出ないにせよ日高も山下もいるのである。

 ブロック大会の帰り道、今回の結果にそれなりに吹っ切れたゆう子と美子ちゃんの姿がある。二人の結果は明暗を分けても二人の中ではどちらが明でどちらが暗かはわからない。
 それでも日高と美子ちゃんは国体に出るのである。出られなくなったゆう子も渕田も、そして今日は敗軍の将である小生も、ここで放り出すわけにはいかんじゃないか。これからも予定通り練習する。4人の選手と私と山下と若いメンバーと。

 そして、球磨川にも何度か出かけた。
 私は朝が早い。なぜか。夜が弱いのである。もう、さっぱりダメである。
 この日も、前日の夜、飯食いながら一杯飲んで、ホテルに帰ってからも焼酎なぞを引っかけて、飲めもしない若いもんを前にグタグタとしゃべっていた筈なんだけど、威勢がいいのも9時までで、いつの間に寝てしまったものか覚えがない。
 おそらく、若い連中が、手のかかるオジさんだ、とかなんとか言いながら毛布なんぞを掛けてくれて各自解散したものと思われる。

 であるからして、朝は早い。ホテル泊まりだと枕が違っているから特に早い。熟睡してないのかもしれんな。4時前には目が覚めて、渋茶なんぞを飲みながら5時半になるのを待ってゆう子の部屋に電話をする。なに、彼女も早起きだから遠慮するほどのこともない。
 6時過ぎには散歩に出かける。どうせ散歩するなら女連れの方が楽しい。寝起きにバタバタと化粧して出てきたゆう子はポタポタとついてくる。
 朝のこの時間は素晴らしい。私も若い時分は夜っぴいて飲んでて朝帰りなんて事もあった。いや、あれはあれで楽しかったのではあったが、早起きの朝と朝帰りの朝ではやっぱりちょっと違う。
 早起きして、球磨川縁を若い女の子の肩を杖代わりにブラブラと散歩するのは、やはり至福の時間でしょう。ちなみに、この日の私は、古傷がズキズキとして歩けないほど足が痛かったので彼女の肩を借りたのであります。私にもそんな苦労があるのですよ。
 それにつけても、カヌーの選手ではない彼女の表情は優しい。そんなポートレートを串間のKawanoは撮れない。優しい女の子を優しく、そして、ちょっと色っぽく撮る。写真はそれにつきる。悔しかったら撮ってみろ。
 串間のKawanoが撮った写真の中にちょっとギョッとするのがあった。私も中学時代はバスケット、高校時代は山岳部と体育会系を経験してきたつもりではあるが、これはちょっとネェ、やりすぎの見え見えでイヤだな。
 余裕がないよね。もっと肩の力抜いて気楽に、気楽に。
 でも、だから勝てないと言われると返す言葉がない。
この日の球磨川は大水の中での大会だった。そうそう、球磨川カップと銘打った大会だったけ。ただのローカル大会だと思って渕田、ゆう子、美子の三人を出場させたのだけど、ちょっと雰囲気が違った。やはり、数週間後の国体コースである。かなり遠方からの参加もあり、レベルの高い大会だった。
 そんな訳で、やっぱり私らは異分子だったのかもしれない。閉会式がちゃんとあって、日本カヌー連盟のエラいオジさんが、この程度の試合では困る、とかなんとかブーたれているときに監督であるはずの私はビール飲んでるし、閉会式に出席した選手も、渕田はヨレヨレのTシャツにサンダル履き。美子ちゃんも真っ赤なTシャツにジーパン。ゆう子に至っては、ペラペラのワンピースに雪駄履きといういでたち。他の選手達は、監督以下、揃いのジャージで運動靴。体育会系のほとんど正装状態。
 楽しけりゃいいかな。とは違う世界。マァ、いいか。
 ようやく国体。
 日高と美子ちゃんはどうにか出場できたけど、ワイルドはほんの数分間の勝負。泣いても笑ってもその一漕ぎ。悔いはないよな。
 ブロック大会で心ならずも、夢敗れて山河ありとホゾを噛んだ渕田は、監督として参加できたし、ゆう子も気楽な立場で美子ちゃんの世話を焼いていた。二人とも漕ぎたいのは山々だったんだろうとは思うけれども、いいじゃないの。それで。投げ出しもせず、チームのためにきっちりと漕いできたじゃないの。それでいいんだよ。
 ミスターカヌーもお疲れさまでした。この夏は私が少しは手伝えたからその分は楽させてやれたかな。毎年、これを一人でやってるんじゃ大変だ。
 ところが、この山下という男はなかなかに付き合いづらいのである。何でもきっちりやらなきゃ気が済まない。家のローンも払い終わってるし、人の好き嫌いも激しい。さしずめ、私なんか嫌いなやつの筆頭であったろうと思われる。なにせ、大酒飲みのグータラである。あやつの辞書にはない人種なんだと思う。
 それでもマァ、仲良く付き合っておくんなさい。なあ、ご同輩。
 1500の決勝を美子ちゃんが漕いでいく。これで国体も終わり。
 彼女のゴールにおれ達の夏の終わりがある。泣いたり笑ったりした夏が終わる。

 皆さん、お疲れさまでした。