大野川

 立春をもう二十日も過ぎたとはいえ、まだまだ厳寒の最中には違いないが、この時期の光には舞うような白さと刺すような強さがある。それでも風の冷たさ故の寒さが残る。
 そんな中、若いモンに言われるまま船を運び、焚き火の番をし、うどんのスープを半日面倒見た。そんなような役回りである。
 その光の中を若いモンの筆頭リーダーである渕田が漕ぐ。彼は焚き火の番の役回りにはあと20年ほど間があるが、若いモンの面倒をよく見てくれる。素朴でいい男であるが、女にもてたという話は今もって聞かない。ぜんぜん聞いたことがない。
 鳥岡も漕ぐ。でもネェ、ちょっと悲壮感が漂う写真になってる。マァ、これがいい男になっていくための試練かも。
 そう言えば、渕田の悲壮感漂う場面に出くわしたのも、ここ大野川だった。もう何年前になるのかな。そんなこんなで若いモンはいい男になっていく。
 そうそう、こんなのもあったよな。どっかの山小屋、トイレの落書曰く、

 山々に 山がすべてであらねども すべてをかけて悔ゆることなし

 あとは野となれ山となれ。山屋でもあるオジさんはそう考える。
 苦しみ賜え、悩み賜え。悔いないカヌーを漕ぎ賜え。結果はどうあれ。
 日高は戒律僧並の厳つい顔と体格の持ち主ではあるが、笑うとなかなかに可愛い。それに優しい一面もある。だけれども頑迷でもある。人の言うことを聞かない。
 女にもてないのは、女どもが彼の優しさや良さを分からないためであると頑強に信じている。もう少し柔軟に物事を考えないと頑迷さ故の無限ループに陥ると思うが、いかに。
 10年もカヌーを漕いで、国体という競争社会とも縁が切れ、気楽になって、カヌーが趣味です。とっても楽しいですよ。と、言えるようになると、こんなにも楽しそうに船が漕げます。なんてね、そんな見本みたいな写真ではないですか。
 女は強し。同じ10年でもオジさんは焚き火の番しかできない。
 だれや、この寒いのに沈してるのは。
 風が強くて練習にならん。と早上がりしたので半日面倒をみたうどんを食わせて、早めに帰路につくことができた。それではちょっとと、トトロの森に寄り道をした。
 山の中の集落に張り子の猫バス。アンバランスのバランス。ちょっとした見物ですわ。
 あなたねぇ、写真撮るときは目ぇ開けなさいよ。それでなくても細いんだから。記念写真もりっぱなゲージュツです。
 昼1時に出発して都城に帰り着いたのが5時半。大野川は遠い。猫バスに乗った方が早かったかもしれない。