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  南洲神社下に広場があります。遊園地として昭和37年 造成されたものです。ここは元 墓地でした。江戸時代の墓地です。享保年号前後の墓石が立っていました。時代が変わって世話をする人もいなくなった墓が多く、荒れていました。私が小さい頃は草のぼうぼう生えた墓石の中でチャンバラごっこをしたり、かくれんぼをしたりして遊びました。走り回っていると大人の人に「こらっ あぶねど。」と注意されたものでした。春にはつばな(茅の幼穂)を採って食べたりもしました。
 広場の北側中央部に合祀碑が建立されており、南洲神社例祭の日に関係者十数名の方が集まって合祀祭が行われています。
 合祀碑の東に馬頭観音碑が立っています。以前は庄内荘の上の丘の中腹にありましたが昭和55年ここに移設されました。
遊園地東側に舞台が有ります。夏祭りの時、鉄骨資材を借りてきて舞台を組み立てていましたが、平成12年(2000年)壮年部が中心になって現在のものを造りました。側面は子供会で絵を書きました。
 遊園地入り口のすぐ右手に遊園地造成の記念碑が立っています。裏面には「享保十三   」 改行して大きく 「法印龍恵和尚位」 と刻字されています。


写真撮影・文 庄内パソコンクラブ